親の介護のために、自分の生活を全部あきらめなくていい。
今の私は、そう言えます。
でも、認知症の母を在宅で介護していた頃の私は、そう思えませんでした。
予定表は母の予定ばかり。有給休暇は母の通院のため。
自分のことを考える余裕さえ、ありませんでした。
「親の介護で、自分の生活がなくなっていく」
そう感じることはありませんか?
この記事では、同じ場所にいた私が、何に支えられて、どうやって少しずつ自分の暮らしを取り戻していったかをお伝えします。
この記事でわかること
- 「自分の生活がない」と感じるのは、あなただけではないこと
- 自分の生活を守っていい、と言える理由
- 在宅介護のさなかでも心を保てた、小さな工夫
- 限界になる前に知っておきたい、家族以外の頼り先
「自分の生活がない」と感じているのは、あなただけではありません
仕事が終わると、寄り道をせずまっすぐ自宅へ。
母を一人にしていることが気になり、飲み会や食事会は、いつからか断るようになっていました。
会社の有給休暇は、自分のためではなく、月に一度、母の内科や脳神経外科の通院に付き添うために使っていました。
ある日、予定表を見て気づいたんです。
書いてあるのは、母の通院日とデイサービスの日程ばかり。
私自身の予定は、どこにもありませんでした。
子どもが小さい頃は、子どもの学校行事を優先する毎日でした。
それが終わったと思ったら、今度は母の用事。
「私たちの世代は、仕方がないことなのかな」と思ったのを覚えています。
家にいるときも、母の機嫌をうかがいながら、物盗られ妄想が出るんじゃないかとビクビクして。
自分のことを考える気持ちの余裕は、ありませんでした。
もし今、あなたが「自分の生活がない」と感じているなら。
それは、あなたがそれだけ頑張ってきた証拠です。
心も時間も、それほど介護に使ってきたということです。
限界を感じていた頃のことは、こちらの記事に詳しく書いています。
▶ 在宅介護の限界を感じた私が、施設入所を選択肢として考えるまでの実体験
自分の生活を守っていい、と言える理由
先に、この記事で一番伝えたいことを書きます。
介護する人の生活と人生は、介護される人と同じくらい大切です。
介護に「正解」はありません。
在宅で関わることも、施設にお願いすることも、どちらも立派な選択です。
私が救われたのは、認知症専門医・長谷川嘉哉先生の『認知症は決断が10割』にあった言葉でした。
「認知症とは、患者家族に“決断”を強いる病気なのです」
介護をしていると、次々に決断を迫られます。
そのたびに自分を後回しにしていたら、心も体も持ちません。
介護する人が倒れてしまったら、親のことも守れなくなってしまいます。
だから、自分の生活を守ることは、わがままではなく、親を守ることでもあるんです。
正直に言うと、私には「自分の生活を守っていいんだ」と思えた、はっきりした転機はありませんでした。
入所の前も後も罪悪感が大きくて、自分のことを考えられずにいました。
だからこそ、今つらい場所にいるあなたに伝えたいんです。
劇的なきっかけを待たなくて大丈夫。
この記事を読んで「私の生活も大事にしていいのかもしれない」と少し思えたら、それがもう最初の一歩です。
生活が消えかけていた私を支えた、小さな時間
在宅介護の真っ最中でも、振り返ると「これがあったから保てた」と思える時間がありました。
どれも、介護の合間にようやく持てた、限られた時間です。
デイサービスの時間だけの、友達とのランチ
母のデイサービスの回数が増えてきた頃、その時間だけは友達とランチの約束ができました。
自分の時間を取り戻せる感じがして、本当に貴重な時間でした。
……ただ、正直に言うと、楽しい時間はあっという間で。
母の帰宅時間が近づくと気が重くなり、また神経を使う時間に戻る感覚がありました。
それでも、あの数時間があるのとないのとでは、大違いだったと思います。
娘とコンビニまで歩いた、ほんの15分

母がお風呂に入っている間に、娘とコンビニまで歩いて、ジュースを買って、飲みながら帰る。
その帰り道に、家では話せない母のことを聞いてもらいました。
息子と一緒にウォーキングをしながら話す時間も、同じでした。
子どもたちは、励ましの言葉や褒める言葉をくれたわけではありません。
ただ静かに聞いて、私の気持ちを受け止めてくれている気がして。
それが嬉しくて、「まだ頑張れるかな」と思えたんです。
たぶん私は、身近な誰かに自分の気持ちを話したかったんだと思います。
あなたにも、話を聞いてくれる人はいますか?
家族でも、友達でも、専門の相談窓口でも構いません。
解決策なんて出なくていいんです。聞いてもらうだけで、心は少し軽くなります。
相談できる先は、こちらの記事にまとめています。
▶ 介護で限界を感じたときの相談先|家族だけで抱え込まないために
家族以外に頼れる選択肢を、限界になる前に
私の場合、家族に聞いてもらうことで心を保っていましたが、体力と時間の限界はそれだけでは解決しませんでした。
母に夜の徘徊が始まってからは、子どもたちと交代で夜の見守りをして、寝不足の日が続きました。
当時の私は知らなかったのですが、家族の代わりに介護や通院の付き添いを頼める保険外サービスがあります。
有給休暇を母の通院のために使い切っていたあの頃の私が知っていたら、きっと選択肢に入れていたと思います。
▶ イチロウとクラウドケアを介護者目線で比較した記事
離れて暮らす親の「今どうしてるかな」という心配には、見守りサービスという選択肢もあります。
▶ 高齢の親の見守りはどれがいい?MANOMAと人気のサービスを徹底比較
使うかどうかは、あとで決めればいいんです。
「いざとなったら頼れる先がある」と知っておくだけで、心の余裕がまったく違います。
「施設」という選択肢も、逃げではありません
私は最終的に、母の施設入所を選びました。
入所してしばらくは、罪悪感と寂しさでいっぱいでした。
それでも、まず取り戻せたのは「夜、眠れること」でした。
母が次にどんな行動をするか分からず、いつもビクビクして気の休まらなかった時間が減り、会社から帰るときに「何か起きていないか」とハラハラすることもなくなりました。
母の暮らしを介護のプロに支えてもらいながら、私は少しずつ、自分の生活を取り戻していきました。
母中心に回っていた生活のリズムが、ゆっくりと家族と自分のリズムに戻っていく感覚でした。
施設にお願いすることは、介護をやめることではありません。
別の形の介護が始まること。
介護のプロに任せて、家族として心のつながりを大切にする。
それも立派な介護なのだと思います。
母が施設で穏やかに過ごす姿や、面会で見せてくれる笑顔にふれるたび、「これで良かった」と思えるようになりました。
在宅が一番とは限らないし、施設にお願いすることは決して親不孝ではありません。
今は、そう胸を張って言えます。
大切なのは、介護する人もされる人も、どちらか一方だけが我慢し続けるのではなく、それぞれが穏やかに過ごせることだと思うからです。
もし施設のことが頭をよぎり始めているなら、考え始めるタイミングの目安をこちらにまとめています。
限界まで我慢してからではなく、「知っておく」ことから始めて大丈夫です。
▶ 親を施設に入れるタイミングはいつ?迷い続けた私が感じた5つのサイン
まとめ:介護する人の人生も、同じくらい大切
もし当時の自分に一言かけられるなら、私はこう言います。
「あなたの決断は間違ってなかったよ。
自分のことを責めなくて大丈夫だよ」
同じ言葉を、今このページを読んでいるあなたにも贈ります。
自分の生活を大事にしたいと思うことは、親を見捨てることではありません。
私は子どもたちにも、
「もし将来、私に介護が必要になったら、無理をせず施設も選択肢にしてね」
と伝えています。
介護する側だけが、自分の人生を犠牲にしてほしくないと思うからです。
今日からできる小さな一歩を、3つだけ置いておきます。
- 誰かに話す:家族でも友達でも相談窓口でも。聞いてもらうだけでいい
- 頼れる選択肢を知っておく:保険外サービスや見守りサービス。使わなくても、知っているだけで違う
- 施設のことも「情報として」知っておく:考え始めるタイミングに正解はないから、早すぎることもない
🌸 たとえ今がつらくても、自分の生活の中に笑顔が戻る日はきっと来ます。
私も時間はかかりましたが、母の暮らしを支えてもらいながら、少しずつ笑える時間を取り戻してきました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます🍀
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コメント
えくぼさん、おはようございます。
今回のお話し、
何度も読み返しておりました。
介護に正解はないこと、義母の人生を変えたのではないこと、
老後のことについての考え方。
自分に置き換えて全部しっくりくる内容で
朝から気持ちが軽くなりました🍀
maruさん、いつも丁寧に読んでくださってありがとうございます。
「何度も読み返した」との言葉に胸が熱くなりました。
あの記事は、まさに私自身が迷いながら出した答えでもあり、
「介護に正解はない」という思いをそのまま綴ったものでした。
読んでくださる方の気持ちが少しでも軽くなるなら、それが何より嬉しいです。
これからも一緒に、心穏やかに歩んでいけたらと思います🍀