在宅介護をしていると、
「まだ大丈夫」「もう少し頑張ろう」
そうやって自分に言い聞かせる日が続きます。
私も、在宅介護を始めた頃は
施設入所なんて、まだまだ先のことだと思っていました。
けれど、
物盗られ妄想、繰り返される怒り、
家出、夜の見守り、重なる不安・・・
いくつもの出来事を経験するうちに、
少しずつ「このまま続けられるのだろうか」と
自分の限界を考えるようになりました。
この記事では、
在宅介護を続けていた私が、
「施設入所」という言葉を
現実の選択肢として考えるようになるまでの体験を
正直な気持ちでまとめています。
同じように迷い、苦しんでいる方に、
「一人じゃない」と感じてもらえたらうれしいです。
※この記事は、在宅介護の中で「限界かもしれない」と感じ始めた頃から、
施設入所を選択肢として考えるようになるまでの実体験をまとめたものです。
1. 在宅介護は「なんとかなる」と思っていた
母の物忘れがひどくなり、介護認定で要介護1の結果が出ました。
当時は、物忘れが少し増えたかな、という程度で、体は元気でした。
私が会社に行っている間も、
掃除や洗濯、夕飯の準備など、ほとんど母がやってくれていました。
薬もきちんと飲んでいるし、急に進行することもないだろう。
「この状態なら、なんとかやっていける」
そんな軽い気持ちでいました。
その頃の私は、施設入所のことなど全く考えておらず、
施設に入るということは
「家族ではもう世話ができない状態」
「一人では何もできなくなった時の選択」
だと思っていました。
2. 周辺症状が始まり、心が少しずつ削られていった

しかし、そんな時間は長く続きませんでした。
次第に被害妄想が出るようになり、
財布をしまい忘れては
「どこに隠しとる?」
と、私を犯人扱いするようになりました。
最初は驚きながらも
「盗ってないよ」
と、やさしく言っていました。
けれど、それが何度も繰り返されると、
「盗ってないよ。どうしてそんなこと言うの?」
と、反論してしまう自分がいて、
悲しさと怒りで自然と涙が出る日が増えていきました。
ケアマネさんに勧められたデイサービスも、
2週間ほどで行かなくなり、
家に居座っては財布を探し、
見つからないと私のせいにする毎日。
しばらくすると、
泥棒扱いしたことも忘れてケロッとしている母の姿が、
憎たらしく感じてしまうこともありました。
怒りの感情をどうしたらいいのか分からず、
顔を見るのもつらくなり、
夜に一人で散歩に出かけて夜空を見ることが、
唯一のリフレッシュでした。
でも、家に帰るとまた同じ繰り返し。
「こんな日々が、ずっと続くのだろうか」
暗いトンネルの中を歩いているようで、
先の光はまったく見えませんでした。
3. 「家出」という行動に出た自分を、あとで責め続けた
そんな暗いトンネルから抜け出せない日々の中、
いつもの物盗られ妄想で、
ついに家にいることが耐えられなくなりました。
母の顔を見るのもつらくなり、
私は、家を飛び出してしまったのです。
行き先は、近くのビジネスホテル。
一泊だけ、母と少し距離を置きたかった。
「明日になれば、少しは優しくなれるはず」
そう思っていました。
ところが、私が家を出たあと、
母は私を探して、暗い夜の中を歩いていたのです。
息子から
「学校から帰ったら、家が真っ暗で誰もいない。
おばあちゃんもいない」
と連絡が来たとき、
自分のことしか考えていなかったことに気づき、
不安と後悔でどうしようもなくなりました。
幸い、近所の方が母を見つけ、
家まで連れて帰ってくれていました。
その日は家に戻れず、
翌日の夕方、仕事が終わってから帰宅しました。
母は、何事もなかったかのように
「おかえり〜」
と笑顔で迎えてくれました。
私は自己嫌悪でいっぱいでした。
そして、
「また今日から、同じ毎日が続くのか…」
そう思うと、胸の奥がぎゅっと苦しくなりました。
このときの出来事は、こちらの記事に詳しく書いています。
→ 私、もう限界…初めて家出したあの日
4. 守るための行動が、さらに自分を追い詰めていった
この頃、母はデイサービス拒否から約1年が経ち、
ケアマネさんが変わったことをきっかけに、
再びデイサービスに通うようになっていました。
それでも被害妄想は収まらず、
財布を隠しては忘れ、
見つからないと私のせいにする日々が続きました。
私は、とうとう母の財布と通帳を預かることにしました。
本当は、そんなことしたくなかった。
母は小さい頃から苦労して育ち、
お金にも苦労してきた人です。
やっと自由に使える時が来たのに、
そう思うと胸が苦しくなりました。
けれど、毎日続く被害妄想に心がすり減り、
「預かることで安心してもらえればいい」
そう思うようになったのです。
しかし、状況は良くなるどころか悪化しました。
「ばあちゃんの通帳返して!何でも取り上げて!」
と、責められるようになりました。
いくら説明しても伝わらず、
私は2回目の家出を決行しました。
今回は、前回の反省を踏まえ、
玄関のドアに
「ちょっと出かけてきます。夕方戻ります」
と張り紙をしてからの家出でした。
向かった先は、ケアマネさんの事務所。
どうしても話を聞いてほしかったのです。
そこでロングショートステイを勧められましたが、
ようやくデイサービスに行けるようになった母に、
ショートステイをお願いする勇気が出ず、諦めました。
ただ、そのとき
「施設入所も考えてみてもいいかもしれませんよ」
と言われた言葉が、心に残りました。
頭の片隅にあった施設入所という選択肢が、
自分の中で大きくなっていることに気づいた瞬間でした。
当時の葛藤については、別の記事でもまとめています。
→ 本当は預かりたくなかった財布と通帳。泥棒扱いされても手放せなかった理由
5. 重なり続けた出来事で、心と体が限界に近づいた
息子がコロナに感染し、
母はデイサービスに行けなくなりました。
自宅での見守りが続き、
息子から感染しないよう隔離し、
食事やお風呂の時間をずらす毎日。
「もし私が感染したら、誰が家事をする?」
「母の面倒はどうなる?」
答えのない不安が、頭から離れませんでした。
さらに、母は糖尿病の悪化で食事制限が始まりました。
毎日ご飯の量を計り、
甘い物を隠し、
冷蔵庫を開けては何か探す母に、
寒天ゼリーで対応する日々。
頭の中は常にフル回転。
「いつまで続くんだろう」
「私はいつまで出来るんだろう」
ゴールの見えないトンネルにいるようでした。
6. 徘徊と夜の見守りで、はっきりと限界を感じた

ある日、夜中に外へ出た形跡を見つけ、
玄関には見知らぬ靴がありました。
徘徊が始まったのです。
それからは、子どもたちと交代で夜の見守り生活。
寝不足が続き、体力も気力も限界でした。
夜中に何度も目が覚め、
「今日は出ていないだろうか」と
玄関を確認する生活が続きました。
眠っているはずなのに、
頭も心も休まらない毎日でした。
「こんな生活、続けられるはずがない」
そう実感し、ようやく施設入所を決断しました。
徘徊が始まり、最終的に施設入所を決断した経緯はこちらに書いています。
→ 施設入所の決断と本当に選んで良かった場所:グループホームにたどり着くまで
7. 施設入所を「逃げ」ではなく「選択肢」として考えた
施設に入れることは、親不孝。
どこかで、ずっとそう思っていました。
周りから
「施設に入れた方がいいんじゃない?」
と言われることもなく、
体は元気な母を預けることに、
世間体を気にする自分もいました。
でも、入所後、母も私も落ち着き、
家にいた頃のような悲しい思いはなくなりました。
施設に入れることは、介護をやめることではなく、
別の形の介護が始まること。
介護のプロに任せ、
家族として心のつながりを大切にする。
それも立派な介護だと、今は思えます。
8. 同じ場所で悩んでいるあなたへ伝えたいこと

在宅介護をしていると、
どうしても孤独になりがちです。
でも、同じ体験をした人に
「分かるよ」と言ってもらえるだけで、
心が救われることがあります。
限界を感じた自分を、どうか責めないでください。
自分の限界は、意外と自分では分からないものです。
暗くてゴールが見えなくても、
誰かに話すことで、何かが変わることがあります。
「認知症、まあなんとかなるもんです」
※これは、私が救われた認知症専門医・長谷川嘉哉先生の言葉です。
この言葉が、今でも私の支えです。
どうか一人で抱え込まず、
人に頼り、少し距離を取る時間を持ってください。

コメント
えくぼさん
おはようございます。
今回の記事を読んで、義母と同居し始めた頃のことを
思い出しました。
あのなんとも言えない気持ちと、
側から見ると元気に見える義母に
まだ今の段階で施設入所は早いでしょ?っと
遠回しに言われたことなど・・・
ケアマネさんや介護を経験した方は
分かってくれていれていても
やっぱり自分がその立場になってみないと分からないことが
いっぱいだということも実感しました。
施設に入居するということは、
義母の人生を決めてしまうことと
重く感じていましたが、
今は面会に行く度に義母はしあわせだなぁっと思えるので
やっぱり無理は禁物。
プロにお任せするのは大事なことだと思います。
maruさん
あたたかいコメントをありがとうございます。
お義母さまとの同居を始められた頃のことを思い出されたとのこと、
きっと言葉にできないお気持ちを、たくさん抱えながら過ごしてこられたのだと思います。
「まだ今の段階で施設は早いのでは」と言われること、
外から見ると元気そうに見えること…。
私も同じような言葉に、何度も心が揺れました。
分かってくれている人がいても、
やはり実際にその立場になってみないと分からないことがある・・・
本当にその通りですよね。
施設にお願いすることは、
人生を決めてしまうような気がして重く感じていましたが、
今は「無理をしない」「プロに任せる」という選択も、
家族にとっても本人にとっても大切なことだったと感じています。
maruさんが
「面会に行くたびに、義母はしあわせだなと思える」と書いてくださった言葉に、
私自身も救われました。
コメントを残してくださり、本当にありがとうございました。
今後の励みになります。